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古代史探訪 enkieden.exblog.jp

神社、遺跡めぐり   1943年生   印南神吉 (いんなみかんき)


by enki-eden
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清和源氏(せいわげんじ)

 清和源氏(せいわげんじ)は、56代清和天皇(850-881年)の皇族子孫で、臣籍降下して「源氏」と称した。

清和源氏の祖は、清和天皇の孫・源経基(みなもとのつねもと、894-961年)で、政治の中心として活躍できる皇族ではなかったので、武門としての力量を高めていった。

源経基の嫡男・満仲(みつなか、912-997年)は、清和源氏の武官として摂政関白の藤原兼家(929-990年)に仕え、各地の国司を務めて鎮守府将軍にまで昇格、大きく富を蓄えることができた。

源満仲は摂津国川辺郡多田(兵庫県川西市多田)に居住し、多くの郎党を擁する武士団の組織を創りあげ、「多田源氏の祖」となり多田満仲とも呼ばれた。墓所は兵庫県川西市多田の多田神社にある。


図をクリックすると拡大します。

清和源氏(せいわげんじ)_d0287413_10170572.jpg

鎮守府将軍は清和源氏が代々務め、清和源氏 頼信流 河内源氏の源頼朝(1147-1199年、鎌倉殿)は、元暦2年(1185年)に壇ノ浦の戦いで平家を滅ぼし、建久3年(1192年)に征夷大将軍となった。

頼朝は鎌倉幕府を開いて武家の棟梁となる。

その後、足利氏の棟梁・足利尊氏(源尊氏、1305-1358年、河内源氏 義国流 足利氏)が歴応元年(1338年)に征夷大将軍として室町幕府を開いた。

戦国時代に入ると多くの戦国大名が競って「源氏」を名乗ったが、その根拠は乏しいものが多いと云う。

徳川家も源氏であると共に藤原氏でもあると主張していたが、違うかもしれない。



多田神社(源家祖廟)

兵庫県川西市多田院多田所町(ただいんただどころちょう)1-1

072-793-0001  駐車場は有料(300円)。

清和源氏発祥の地、猪名川が直角に曲がる角の高台に鎮座。

祭神 源満仲(一の宮)、

    源頼光(二の宮)、

    源頼信(三の宮)、

    源頼義(四の宮)、

    源義家(五の宮)。



入口の鳥居と隋神門(国指定重要文化財)。

清和源氏(せいわげんじ)_d0287413_10173608.jpg

本殿の後方に禁足地の御廟所(源満仲、頼光、足利将軍など)。

清和源氏(せいわげんじ)_d0287413_10175635.jpg

地図にある「拡大地図を表示」をクリックし、写真をクリックすると多くの写真を見ることができます。




印南神吉   メールは nigihayahi7000@yahoo.co.jp


by enki-eden | 2023-02-10 10:22