清和源氏(せいわげんじ)
清和源氏(せいわげんじ)は、56代清和天皇(850年-881年)の皇族子孫で、臣籍降下して「源氏」と称した。
清和源氏の祖は、清和天皇の孫・源経基(みなもとのつねもと、894年-961年)で、政治の中心として活躍できる皇族ではなかったので、武門としての力量を高めていった。
源経基の嫡男・満仲(みつなか、912年-997年)は、清和源氏の武官として摂政関白の藤原兼家(929年-990年)に仕え、各地の国司を務めて鎮守府将軍にまで昇格、大きく富を蓄えることができた。
源満仲は摂津国川辺郡多田(兵庫県川西市多田)に居住し、多くの郎党を擁する武士団の組織を創りあげ、「多田源氏の祖」となり多田満仲とも呼ばれた。墓所は兵庫県川西市多田の多田神社にある。
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鎮守府将軍は清和源氏が代々務め、清和源氏 頼信流 河内源氏の源頼朝(1147年-1199年、鎌倉殿)は、元暦2年(1185年)に壇ノ浦の戦いで平家を滅ぼし、建久3年(1192年)に征夷大将軍となった。
頼朝は鎌倉幕府を開いて武家の棟梁となる。
その後、足利氏の棟梁・足利尊氏(源尊氏、1305年-1358年、河内源氏 義国流 足利氏)が歴応元年(1338年)に征夷大将軍として室町幕府を開いた。
戦国時代に入ると多くの戦国大名が競って「源氏」を名乗ったが、その根拠は乏しいものが多いと云う。
徳川家も源氏であると共に藤原氏でもあると主張していたが、違うかもしれない。
多田神社(源家祖廟)
兵庫県川西市多田院多田所町(ただいんただどころちょう)1-1
電072-793-0001 駐車場は有料(300円)。
清和源氏発祥の地、猪名川が直角に曲がる角の高台に鎮座。
祭神 源満仲(一の宮)、
源頼光(二の宮)、
源頼信(三の宮)、
源頼義(四の宮)、
源義家(五の宮)。
入口の鳥居と隋神門(国指定重要文化財)。

本殿の後方に禁足地の御廟所(源満仲、頼光、足利将軍など)。

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印南神吉 メールは nigihayahi7000@yahoo.co.jp

