日本ペトログラフ協会
吉田信啓(のぶひろ、1936年-2016年)氏は、高等学校の英語教諭として勤務しながら考古学などを研究・執筆していたが、ペトログラフ(岩石文字・文様)研究の第一人者で日本ペトログラフ協会の会長であった。
1977年(昭和52年)から岩石に刻まれたペトログラフ(文字・文様)の国際研究に従事し、文部省の科学研究調査にも参画していた。
1989年に国際岩石芸術学会連合の日本代表となり、海外の学会活動や研究調査を行っている。
1997年に高校教諭を定年退職すると、2001年に国際岩石芸術学会連合のペトログラフ・盃状穴部門議長に選任された。
日本ペトログラフ協会会長、ユネスコ世界遺産委員会岩石芸術部門日本代表を務めたが、2016年に亡くなられた。
著書は多く、「超古代、最古・最高・最尖端文明は縄文日本だった!」では、真実のワンワールドとしてシュメール、インダス、黄河文明の淵源こそ縄文日本だったと述べている。

シュメール人は8000年前から4000年前にかけてメソポタミアに高度な文明を築いた民族で、世界最初の文字を作った。
シュメール人は4000年前にアッカド人に追われ、世界に散らばっていったが、その中の一部は何世代もかけて海洋を移動し、それぞれの地で文明を伝えていった。
その結果、古拙(こせつ)シュメール文字(絵文字)が世界中に点在することになった。
それがシュメール文明の初期文字だと考えられている。日本列島にもやってきて古拙シュメール文字を残した。
日本には多くの古拙シュメール文字、神代文字(アヒル文字、トヨクニ文字など)が実在しているので、今後の研究が必要で、吉田信啓氏は熊本県上益城郡山都町大野712に鎮座する幣立神宮(へいたてじんぐう)のご神体の鑑石(かがみいし)をテレビで紹介されていた。
その内容は偽書とされる「日月神事」の「ひふみ祝詞」と同じであったと云う。古代の各豪族はそれぞれに使用する文字があったことがペトログラフによって証明された。
ひふみ祝詞(47文字)
ひふみ よいむなや こともちろらね
しきる ゆゐつわぬ そをたはくめか
うおえ にさりへて のますあせゑ ほれけ
意味は、「私たちの毎日の生活は日の神、月の神に生かされている。
日の神、月の神に感謝しましょう。
日の神、月の神は私たちから災いを取り除いてくれます。
食べ物も毎日与えてくださいます。
私たちは毎日元気に働いて、家族仲良く子孫繁栄、
日の神、月の神にお祈りしましょう。」
「北海道のペトログリフ」と「本州・九州のペトログリフとペトログラフ」をご参照ください。
4000年前にアッカド人がシュメール人をメソポタミアから追い出した時、シュメール人と協力してウルで遊牧を生業としていたヒブル人(へブル人)がいた。
それがヘブライ人のアブラハムであった。妻のサラはシュメール人であった。アッカド人の侵攻によりウルでの生活ができなくなり、アブラハム一族はカナンの地(イスラエル)へ移住した。
印南神吉 メールは nigihayahi7000@yahoo.co.jp

