ステップの騎馬遊牧民
騎馬民族のヤムナ人(Yamna)は、紀元前3,600年頃から紀元前2,200年頃にカスピ海北部と黒海北部の間の草原地帯(ステップ)で牛・馬・羊・ヤギなどの牧畜・遊牧をしていた。北方では農耕もしていた。
現在のロシア南部からウクライナにかけての地域で活動した。
ステップとは、ユーラシア大陸のカザフスタン・ロシア南西部・ウクライナ南部・モルドバ・ルーマニア・ブルガリアへと続く乾燥草原地帯を云う。

ヤムナ文化には縄文土器に似た土器が出土している。
ヤムナに隣接する北方地域と西方地域(ロシア西部、ベラルーシ、バルト三国、スウェーデン南部、ポーランド、デンマーク、ドイツ)も、縄文土器文化によく似た縄目文土器文化の地域になっている。
ヤムナ人は銅器を使用し、狩猟をし、馬に乗って家畜の放牧・遊牧をしていた。戦いでは騎馬戦用の砦跡(石積み)が見つかっている。
古墳(クルガン)からは武器・銅器・石器などの副葬品が発掘されており、遺体は黄土で覆われている。日本の古墳では粘土を使う場合がある。
騎馬民族の起源はステップ東部のスキタイ人と云われるが、それより古いヤムナ人が最初の騎馬民族かもしれない。
ルーマニアの西にあるハンガリーからは、更に古い時代の紀元前4,300年頃の人骨に乗馬の痕跡(骨の変形・摩耗)があると云う。
ヤムナ人はインドヨーロッパ語族で、Y染色体ハプログループは90%以上R1bであるが、黒髪で、茶系の肌であった。
R1bはヨーロッパ全域に分布しているが、現在のケルト人やバスク人に多く、フランス中東部・スイス・ドイツ南部・オーストリア・イタリア北部などにも多い。頭髪は赤毛が特徴になっている。
現在のケルト人はスコットランド、ウェールズ、アイルランド、ブルターニュ半島(フランス西端)に住み、バスク人はスペイン東北部からフランス南西部に住んでいる。
バスク人はR1bであるが、言語はインドヨーロッパ語族ではない。バスク語の発音をYouTubeで聞くと日本語の響きによく似ており、意味は分からなくても聞き取れる発音が多い。
バスク人の性質は真面目で親切、働き者と云うから日本人の性質とも似ている。
「メソポタミアのウバイド人」をご参照ください。
日本に来たイエズス会のフランシスコ・ザビエル(1506年‐1552年)はバスク人。
南ロシアの草原地帯(ステップ)では、紀元前800年頃から紀元前200年頃に騎馬遊牧民のスキタイ人が出現、馬に乗って長距離交易にも従事し、東方の中央アジア、モンゴル高原にも進出していった。
スキタイ人はY染色体R1a1のコーカソイドで、騎馬戦が非常に巧みで勇猛であった。スラヴ人(インドヨーロッパ語族スラヴ語派、高身長、小顔、金髪碧眼が多い)がスキタイ人の後裔を同化・吸収したのかもしれない。
スキタイ人は、黒海の南にあるアナトリア(トルコ)のヒッタイト(紀元前1680年頃‐紀元前700年頃)から鉄器製造法を受け継ぎ、金属文化と騎馬技術を東方に広めていった。
その技術を得た匈奴(きょうど)が強大な遊牧国家を建て、ユーラシアの広大な領域を支配した。
ヨーロッパに進出した匈奴はフン族(Hun)と呼ばれ、Finland(フィンランド)、Hungary(ハンガリー)の国名由来になっている。
中国の揚子江(長江)流域で長江文明を築いた江南人(呉、越、楚の倭人)は、青銅器の使用、漁労、水田稲作を営んでいたが、スキタイ人やタタール人(テュルク系遊牧民)との交易・接触があり、江南人は蹈鞴製鉄(たたらせいてつ)を習得した。
中国の戦国時代(紀元前403年‐紀元前221年)の戦乱を避け、江南人(倭人)が日本列島に波状的に渡来して、紀元前3世紀に列島で弥生時代が始まり、水田稲作や踏鞴製鉄が広まった。
「タタール人」から伝わった製鉄法なので、蹈鞴製鉄(たたらせいてつ)と云う。現在のタタール人は主にロシア、東ヨーロッパに居住している。
ロシアでのタタール人の人口はロシア人に次ぐ2位になっており、タタールスタン共和国のヴォルガ・タタール(カザン・タタール)が最大の集団である。
フィギュアスケートのアリーナ・ザギトワ選手(21才)はロシアのタタール人。日本でユーチューブを発信しているあしやさん(32才)も金髪碧眼のタタール人。
印南神吉 メールはこちらへ nigihayahi7000@yahoo.co.jp

