白山信仰②
曹洞宗総本山の永平寺は福井県吉田郡永平寺町にあり、白山信仰と関係が深い。
開祖の道元禅師(1200年-1253年)は、宋から帰国する前に白山権現に助けられたので、白山権現を永平寺の守護神・鎮守神とし、永平寺の僧侶が白山の奥宮で般若心経を読経する。
道元禅師は永平寺を創建する前に吉峰寺(きっぽうじ、福井県吉田郡永平寺町吉峰)で修行した。当地周辺には白山神社が多い。
吉峰寺は雪深い山中にあったので道元は吉峰寺から山を下り、寛元2年(1244年)に傘松峰大佛寺(さんしょうほうだいぶつじ)を創建し、寛元4年に吉祥山永平寺と改めた。
世界自然遺産「白神山地(しらかみさんち)」は青森県南西部から秋田県北西部にまたがる広大な山地帯で、ブナ天然林が生い茂っている。
古代の白神山地居住民はアムール川流域の山靼(さんたん)から渡来したと云う。バイカル湖から黒竜江(アムール川)を下り、樺太から北海道へ、更に東北へとやってきた。
日本人のY染色体遺伝子にC1とC3が僅かに含まれるが、これがアムール川から白神山地にやってきた人々の痕跡かもしれない。
C遺伝子は、北東アジアのオロチョン族(ツングース系)、エヴェンキ族(ツングース系)、ブリヤート族(モンゴル系)、モンゴル主要構成族のハルハ族、シベリア北東部のユカギール族、アムール川下流域と樺太に住むニヴフ族などに中心的な遺伝子として表れている。
白神山地に祀られているのはブルハン神(白山神)で、「玄武(北方)の大神」だと云う。白山神であれば色は白だが、「玄武」の色は「黒」なのだが・・・
「ブルハン」と云う発音から憶測すると、黒海周辺の感じがするので、「黒」かもしれない。
この神は高い山の山頂を真っ白にするので大白山神と云う。
神通力は天・地・水を司る全能の神であるから「天地水三輪の神」とも云う。
数千年前、阿毎(あま)氏が山靼(さんたん)から新潟県にたどり着き、石川県の犀川に居住した。阿毎氏は犀川で故地の神・ブルハン神(アラハバキ神、三輪大神、白山神とも云う)を祀った。
大和国に移り王国を築いた阿毎氏はアムール川周辺の地で、西に西王母、東に東王父を祀っていたので、西の出雲に女神、東の大和に男神を祀ったと云う。
阿毎氏は安日彦(あびひこ)王と弟の長髄彦(ながすねひこ)の時に神武天皇(181年-248年)の軍に敗れ、過去に先祖が居住していた東北(東日流、つがる)に戻り、大和朝廷からは蝦夷(えみし)と呼ばれ対立した。(偽書と云われる東日流外三郡誌、つがるそとさんぐんし)
その後、中国では西晋(280年-316年)が滅亡、避難民が東北に流れ着いた。西晋は西暦300年頃から「八王の乱(内乱)」が起き、北方遊牧民が中国全域に勢力を広め西晋は滅んだが、東晋(317年-420年)として復活した。
東北にやってきた避難民が信仰していた神は天山山脈で祀られていたアラハバキ神(西王母、東王父、白山神)であった。
この避難民と阿毎氏は、出身地域も信仰形態も共通していたので、アラハバキ族として纏まった。
アラハバキ族(蝦夷)の白山神信仰は、東北から東日本に広がっていった。
「クナト神」をご参照ください。

