古代史探訪

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2016年 01月 10日 ( 1 )

瀧尾神社(たきおじんじゃ、西脇市)

兵庫県西脇市黒田庄町黒田483 播磨国多可郡鎮座、無料駐車場あります。
通称「タキオさん」、白山(510m)の麓に西向きに鎮座。

祭神  素戔嗚尊(すさのおのみこと)、
    武甕槌命(たけみかづちのみこと)、
    天児屋根命(あめのこやねのみこと)、
    経津主命(ふつぬしのみこと)、天太玉命(あめのふとたまのみこと)。
    江戸時代には五社大明神と称し、宮寺の円護寺があった。

 多可郡黒田庄町は2005年に西脇市との合併で西脇市黒田庄町になった。東経135度の子午線が通る。黒田庄和牛、釣り針、繊維産業が盛ん。
 播磨国風土記によると、黒田地区は土が黒いので「黒田庄」と為したとある。

 この黒田庄は戦国武将の黒田官兵衛(孝高、如水、1546年-1604年)と縁がある。官兵衛は高山右近などの勧めによりキリシタンとなった。洗礼名シメオン。
 黒田氏の始祖は赤松円光(赤松円心の弟)であるという。官兵衛の祖父・黒田重隆が備前国邑久郡福岡村(現・岡山県瀬戸内市)から播磨国に入り、1545年に姫路城代となった。
 黒田官兵衛と子の長政が筑前国那珂郡警固村福崎に築城の際、地名を変更して黒田氏ゆかりの福岡にした。



   大鳥居(両部鳥居)、北播磨にはこの形の鳥居が多い。
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   二の鳥居と社号標、左には鐘楼。 
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森の中の参道、前方には随神門が見えてきた。杉の森が深く、強い霊感を受ける。
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   随神門と後方には横長拝殿。
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 本殿、三間社流れ造り、千鳥唐破風、屋根は檜皮葺。
 造営は元禄15年・16年(1702年・1703年)。
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 本殿右後方に稲荷社、八幡武神、天照太神宮が鎮座。
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 本殿左後方に秋葉大明神と素戔嗚尊(140年頃-200年頃)が鎮座。
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 810年正月、52代嵯峨天皇は、「素戔嗚尊は即ち皇国の本主なり、故に日本の総社と崇め給いしなり」として、津島神社(愛知県津島市神明町、祭神:建速須佐之男命)に「日本総社」の号を奉られた。
 66代一条天皇は990年頃に、牛頭天王発祥の津島神社に天王社の号を贈られた。

 祭神の武甕槌命と経津主命は高皇産霊神の命を受けて、素戔嗚尊が亡くなった西暦200年頃に、素戔嗚尊の後継者の大国主命に「出雲の国譲り」を迫った。「出雲」は島根県ではなく、北部九州の出雲族支配地(葦原中津国)のことと考えられる。大国主命の別名は葦原醜男神(あしはらのしこを)とも云われる。
 武甕槌命は鹿島神宮(茨城県鹿嶋市)に祀られており、経津主命は香取神宮(千葉県香取市)に祀られている。

 祭神の天児屋根命と天太玉命は、天照大神が岩戸隠れの際、天照大神が岩戸を少し開けた時に、鏡を差し出した。天児屋根命は中臣連の祖、天太玉命は高皇産霊神の子で忌部氏の祖となる。
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by enki-eden | 2016-01-10 10:16