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神社、遺跡めぐり   1943年生   印南神吉 (いんなみかんき)


by enki-eden
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2019年 05月 17日 ( 1 )

縄文土器

兵庫県で発見されている縄文遺跡は756ヶ所あり、土器などの出土物は、他の地域で作られたものや、影響を受けて県下で作られたものもある。

兵庫県加古郡播磨町大中の兵庫県立考古博物館で、「縄文土器とその世界-兵庫の1万年」と題し、特別展が420日から623日まで開催されており、250点の縄文土器や土偶などが展示されている。

縄文人は1万年以上にわたり縄文土器を作り続けた。製作時期や地域によって特色があるので、年代の特定や交易の拡がりが分かる。

石器時代に替わって縄文時代(14,000年前~2,400年前)になると、竪穴住居に定住し、縄文土器の製作・使用、農耕、狩猟、漁労、舟による交易など生活に大きな変化が起きた。

「煮炊き」に必要な土器は、形や文様に時代と地域の違いがあり、考古学にとって非常に重要な出土物である。

兵庫県立考古博物館の展示解説文を見ながら、土器の写真を撮りました。(フラッシュは不可)

最初の土器は無文であったが、順に、粘土ひもによる隆起線文土器、爪形をつけた爪形文土器、縄で文様を描く多縄文土器と変わっていく。

次の写真の右側の土器は、縄文時代草創期の土器で、新潟県津南町(つなんまち)の卯ノ木南遺跡出土の深鉢形土器(爪形文+押圧縄文土器)。

次の土器は、縄文時代早期の土器で、兵庫県豊岡市の山宮遺跡(やまのみやいせき)出土の深鉢形土器(ポジティブ楕円文)と石器。

次の土器は、同じく山宮遺跡出土で、縄文早期の山形文の深鉢形土器、

兵庫県立考古博物館蔵。

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縄文時代早期には、西日本を中心に底が尖った押型文土器(おしがたもんどき)が作られる。

前期になると、土器の底が平らになり、縄文様が複雑になる。土器の厚さは薄くなり、煮炊き効率が良くなる。

次の写真の右側の土器は、神戸市の都賀遺跡(とがいせき)出土の深鉢形土器、縄文早期で底が尖っている、神戸市教育委員会蔵。

次の土器は、豊岡市の神鍋遺跡(かんなべいせき)出土の深鉢形土器、縄文前期で底が平らになっている、豊岡市教育委員会蔵。

次の土器は、神戸市の雲井遺跡出土の深鉢形土器、縄文前期、神戸市教育委員会蔵。

次の小さい土器は、兵庫県洲本市の武山遺跡出土の深鉢形土器、縄文前期、洲本市教育委員会蔵。

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縄文時代中期になると、東日本で遺跡数が急増し、造形も大胆になる。後期には土器の種類が増え、浅鉢、注口、台付鉢(高杯)などが出現して多様化する。土器の口縁部は平らなものへと変化する。文様も変化し、縄文の一部をすり消す「磨消縄文(すりけしじょうもん)」が描かれる。

「火焔型土器」は新潟県を中心に縄文時代中期(5,000年ほど前)に作られた深鉢形土器。

新潟県津南町(つなんまち)の諏訪前遺跡出土の火焔型土器、津南町教育委員会蔵。

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右の土器は、兵庫県南あわじ市の神子曽遺跡(みこそいせき)出土の深鉢形土器、兵庫県立考古博物館蔵。

次は、神戸市の本山遺跡出土の深鉢形土器、神戸市教育委員会蔵。

次は、兵庫県揖保郡太子町の平方遺跡(ひらかたいせき)出土の深鉢形土器、太子町教育委員会蔵。

奥の土器は、兵庫県姫路市の丁(よろ)・柳ヶ瀬遺跡出土の深鉢形土器、兵庫県立考古博物館蔵。

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右の土器は、兵庫県姫路市の丁(よろ)・柳ヶ瀬遺跡出土の深鉢形土器、

次も丁・柳ヶ瀬遺跡出土の深鉢形土器、どちらも縄文中期、兵庫県立考古博物館蔵。

次は、姫路市の今宿丁田遺跡出土の深鉢形土器、縄文時代後期、姫路市教育委員会蔵。

左手前の土器は、姫路市内出土の鉢形土器、縄文時代後期、姫路市教育委員会蔵。

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右は、神戸市の原野・沢遺跡出土の深鉢形土器、縄文時代後期、神戸市教育委員会蔵。

左は、揖保郡太子町の東南遺跡出土の深鉢形土器、縄文後期、兵庫県立考古博物館蔵。

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東日本では縄文時代晩期まで土器に縄文が付けられたが、西日本では後期後葉から次第に縄文が使われなくなり、晩期には無文となる。その原因はまだはっきり分かっていない。

私見ですが、揚子江周辺の江南人(倭人)が縄文時代中期から後期にかけて吉備地方や有明地方に渡来していたので、その影響で西日本の土器はシンプルになり、無文になったと見ています。

だからといって、弥生時代の始まりが紀元前10世紀になるわけではありません。201889日投稿の「弥生時代の始まり」をご参照ください。

兵庫県加古川市の坂元遺跡出土の深鉢形土器、縄文時代晩期、兵庫県立考古博物館蔵。

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右の大きな土器は、兵庫県伊丹市の口酒井遺跡(くちさかいいせき)出土の凸帯文壺、その手前に稲の籾痕付きの浅鉢形土器。縄文時代晩期の伊丹地域では稲作が行われていた。

次は、口酒井遺跡出土の凸帯文の深鉢形土器、縄文晩期。

その奥も口酒井遺跡出土の波状口縁になっている深鉢形土器、縄文晩期。

左手前は口酒井遺跡出土の浅鉢形土器、縄文晩期。

伊丹市教育委員会蔵。

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左は岩手県一関市出土の土製品(土面)、縄文時代晩期、西宮市の辰馬考古資料館蔵、

右は淡路市の富島遺跡(としまいせき)出土の土面、縄文時代後期、兵庫県立考古博物館蔵。

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「遮光器土偶」、青森県つがる市の亀ヶ岡遺跡出土、縄文時代晩期、辰馬考古資料館蔵。

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手前の黒い木製品は「掘り棒」で、神戸市の玉津田中遺跡出土、縄文時代晩期。

その奥は、弥生土器の壺、甕、鉢で玉津田中遺跡出土、弥生時代前期、

兵庫県立考古博物館蔵。

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弥生時代前期の木製の彩文鉢と彩文土器壺、姫路市の丁・柳ヶ瀬遺跡出土、上の彩色図は復元図、兵庫県立考古博物館蔵、兵庫県指定文化財。

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博物館の南に隣接する農業用水の狐狸ヶ池にカワウソのような動物がいたが、盛んに水草を食べていたので、ヌートリアでしょう。

タイワンドジョウも数匹見える。アカミミガメが大量に繁殖したので数年前から駆除しているようだ。

印南神吉   メールはこちらへ  nigihayahi7000@yahoo.co.jp  


by enki-eden | 2019-05-17 01:07