古代史探訪

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高羽丹生神社(たかはにぶじんじゃ、神戸市灘区)

 兵庫県神戸市灘区高羽町(たかはちょう)4-2-2  電078-851-2309
 車を境内に停められるが、通路は狭い。

 祭神 罔象売神(みつはのめのみこと、天照大神の姉妹)、
 明治42年5月5日に八幡大神と須佐男命を合祀。
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 通称・水神さん、「丹生川上神社」が本社。(奈良県吉野郡東吉野村小968)
   
 日本書紀によると、「伊弉冉尊(いざなみのみこと)が火の神の軻遇突智(かぐつち)を生んだ時に火傷をして亡くなった。その亡くなろうとするときに、土の神・埴山姫(はにやまひめ)と水の神・罔象女(みつはのめ)を生んだ」とある。

 神戸市の当地は古代には「覚美の郷(かがみのごう)」と云われ、鏡作部(かがみつくりべ)の人たちが住み、水神さんを祀った。
 昔は1.5km北にある六甲山中腹の「滝の奥」(標高約240m)に祀られていた。
   赤のアイコンが丹生神社、黄が「滝の奥」


 この山の尾根の東斜面にある桜ケ丘町の通称・神岡(かみか)より14個の銅鐸と7本の銅戈が出土し、国宝として神戸市立博物館に保存展示されている。 2013年7月31日投稿の「摂津の国の考古学」をご参照ください。

   鳥居と拝殿
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 拝殿右手前には樹齢500年余りの「高羽丹生の楠」があり、神戸市の「市民の木」に指定されている。一願成就のご神木となっている。
 拝殿左横には境内社の磐春稲荷神社と天照皇大神宮が鎮座している。
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Innami Kanki   メールはこちらへ  nigihayahi7000@yahoo.co.jp
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by enki-eden | 2018-11-13 11:12

権現宮證誠神社(しょうせいじんじゃ、神戸市)

 兵庫県神戸市須磨区権現町1-3-2  電078-731-2743   境内に車を停められます。
 祭神 五十猛尊
 通称「権現さん」、987年に紀伊熊野の大神を勧請。
 勝福寺(須磨区大手町、高野山真言宗)の地主神として祀られた。

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 紀伊熊野には熊野三山(熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社)が鎮座し、神仏習合の影響を強く受けている。
 更に本地垂迹(ほんぢすいじゃく)説により、仏や菩薩が本来の姿で、仮に神の姿をとって現れた神を権現(ごんげん)と云うようになった。
 しかし、明治元年(1868年)の神仏分離令により、熊野信仰は以前に比べると衰え、熊野を詣でる人は減少した。

 熊野本宮大社の縁起によると、「天火明命は熊野国造家の祖神で、天火明命の孫である熊野高倉下(たかくらじ)は神武東征に際し、布都御魂(ふつのみたま)の天剣を献じた。
 10代崇神天皇の御代、櫟(いちい)の巨木に三体の月が降臨した。熊野連が尋ねてみると、我は證誠大権現(家都美御子大神、けつみみこのおおかみ=素戔嗚尊)であり、両側の月は両所権現(熊野夫須美大神と速玉之男大神)である。社殿を創って斎祀れと言われた。
 この神勅により、熊野本宮大社の社殿が大斎原に創建された。」とある。

 素戔嗚尊の本地垂迹による名が證誠大権現(家都美御子大神)で、当社の社名は権現宮證誠神社であるので、祭神は素戔嗚尊かと思えば、素戔嗚尊の第2子「五十猛尊」になっている。
 尤も、家都美御子大神は諸説あって、素戔嗚、伊弉冉、五十猛などと云われている。
   
 当社は江戸時代には聖霊大権現(しょうりょうだいごんげん)と称していたが、神仏分離令後に祭神を五十猛尊とし、社名も證誠神社と改め、須磨一円の守護神となった。
 紀国造家(紀直氏)は神皇産霊尊の後裔氏族の代表で、「神産霊神三世孫で紀氏の大矢女命が、スサノオと結ばれ、五十猛命を生む」とある。五十猛命は筑紫紀氏と考えられる。

 熊野高倉下は父が天香語山(天火明命の子)で、母が大屋津姫(素戔嗚尊の娘)だから、素戔嗚系(物部氏)でもあり、火明系(海部氏・尾張氏)でもある。
 熊野高倉下の子孫の熊野直・熊野連・熊野国造は物部氏の後裔とされている。

   赤い鳥居
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   拝殿
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 境内社は拝殿右に末廣稲荷神社、拝殿左に大国主命、素戔嗚命と事代主命、大己貴命と蛭子命(えびすのみこと)が鎮座している。
               *****
 イギリスの歴史学者、アーノルド・トインビー(1889年-1975年)の言葉、
 「12才~13才くらいまでに民族の神話を学ばなかった民族は例外なく滅んでいる。
  文明が挫折する根本原因は内部の不和と分裂である。」
  2016年7月9日投稿の「戦後日本の反日思想」をご参照ください。
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by enki-eden | 2018-11-06 10:07